燕三条伝統産業

鍛治の伝統

連綿と続くものづくりの歴史

この地のものづくりの歴史は古く、約4万年前の旧石器時代の鋭利な石を使った刃物づくりから、中世には大崎鋳物師による鉄器の生産など、たゆまない歴史の流れと共に連綿と続いてきた。
江戸時代に入り、包丁、小刀、土農具、大工道具などの打刃物や、和釘、錠前などの建築金物を生業とする鍛冶職人が活躍の場を広げていった。
明治以降は、鉄道の普及や機械力の導入によって販路と生産量を伸ばした三条の鍛治は、生活様式の変化に合わせて作業工具などの新しい分野にも参入していった。
この伝統を受け継ぐ包丁、利器工匠具、その鍛造技術を基盤とした作業工具をはじめとして、現在は測定器具、木工製品、アウトドア用品、冷暖房機器なども生産している。そのほか、自動車や農業機械などの鍛造部品、プレス加工、金型製造など、金属加工を中心に、多様な加工技術が集積した金属産業都市・三条へと発展している。

ひたすら鍛え練り上げる鍛治の精神を受け継ぐ土地

「鍛錬」の語源は鍛治にあり。熱した鉄を繰り返し打ち叩いて鍛え上げ、伸ばして練り上げ、研ぎ澄ます。鉄も人も壮絶な作業の末、一人前に成長する。
そのため鍛冶職人の利き腕は太く筋張り、人目でその職業が分かるといわれる。ただ力任せに鎚をふるうのではなく、時に厳しくまたやさしく、微妙な力加減とリズムで鉄を鍛えながら無機質な金属を生きた道具に変える。心技体のすべてをもとめられる世界である。
三条には、古くから鍛冶職人が集まり、和釘や農具、大工道具、包丁など打刃物を生産する土地として知られていた。同じ鍬や鋤であっても、田んぼの土に合わせて鋼の質や形状を変え、それぞれの使いやすさを追求するのは職人の意地。使い勝手のいい道具は手足の延長だから、鋼が研ぎ減っても修理して使い続けたいという。
現在でも、製品として送り出した刃物が何年、何十年と使われ、研ぎなおしのために鍛冶屋の手に戻ってくる。「愛着を持ってずっと使ってもらえる道具がいちばん」と考える鍛冶職人にとって、これほど冥利に尽きることはない。
多くの伝統的な技法と同様、鍛治の世界も習得に長い年月を要する。三条の鍛冶職人たちは、受け継いできた技術を後世に残すべく、力を合わせてさまざまな活動を展開する。現場の見学案内や鍛治体験、刃物研ぎの実演などを通して、道具のよさを一人でも多くの人に伝えようとしている。優れた道具を生み出す技術と、それを大切に使う心。日本が誇るべきものづくりの精神を、もっとも象徴している製作現場といえよう。

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